charm社内に存在するアクアリウムの匠たち。そんな匠の職人技を紹介するシリーズ、「charmの匠」記念すべき第一回目は水草付き流木職人です。
水草付き流木とは
皆さんは流木・石・タイル・ライフマルチなどに巻かれた水草を見たことはありますか?
特に流木との相性は良く、ただでさえ水槽内のレイアウトとして主役になる流木に、水草が活着している姿は自然の水景を思わせ、生き生きと葉を伸ばす水草に誰しもが心惹かれることでしょう。
charmでは形のいい流木に水草を巻いて、それ一つで水槽の主役を張れる商品を販売しています。流木付きの水草、中でも一点物と呼ばれるこだわりの品は、芸術作品のように感じられます。
一点物の商品は、どんなものがどのタイミングでサイトに並ぶかはわかりません。しかも、同じものは二度と出てきません。ですのでサイトで見かけた時が買い時です。こまめにサイトをチェックすることをお勧めします。
水草を巻くこと
何かに水草を巻き付けることは、簡単そうに見えて非常に高い技術がいる作業です。そもそも、自然下で植物は圧力をかけて巻き付けられることはありません。圧力をかけ過ぎたら傷んでしまい、巻きが甘ければすぐ分離してしまいます。水草を傷つけず、植物が根っこを伸ばして自ら活着するまで糸やゴム・ビニタイで巻き付けておく。凹凸のある岩や流木ならば一層難易度が上がります。
一度でもご自身で水草を巻いたことがある方なら、その難しさ、その奥深さをご存じのことでしょう。
水草を殺さず活かす技術。某明治剣客漫画の極意に出てきそうなアレですが、それが職人の仕事です。
匠の紹介
今回ご紹介する匠は、水草一筋16年。経験・速さ・正確性、そしてセンスにおいて水草を巻かせたら右に出る者はいない匠:Kさん。通称【ネチャン】。数々の一点物の水草巻き流木を世に送り出してきた職人です。社内で水草巻きの新商品を開発する際も、とりあえずはKさんに「巻けそう?」と確認を入れます。「Kさんが巻けないものは人類は巻けない」と判断し、新商品化をあきらめることもあるそうです。
「水草は自由にやったほうがいい」
charmのサイトで見かけたら即買い必至の「一点物 水草巻き流木」。今回は匠に、そんなスペシャルな商品を作ってもらいました。「一点物」はその画像に載っている商品をそのまま買えるため、形によって好き嫌いの幅が大きい流木などは、形状おまかせ商品と違って自分好みの形のものを購入することができます。
匠は言います。
「水草は自由にやったほうがいい。あくまでも趣味の世界だから、自分の感性にまかせて好きにやる方がきっといいものができる。」
流木を選ぶ
素材となる流木はフレコンバック1t用に大量に詰まった状態で入荷されます。その中から匠の直感で「カッコイイ」と思った流木をチョイスしています。「カッコイイ」と言ってもさまざまな基準があるそうで、
- 形状としての座りの良さ
- オブジェとしての見た目の良さ
- (傷んだり中に空洞などがないような)木の質の良さ
- 必ず水に沈む、沈みの良さ
を総合的に見て判断しています。
そういった上質流木を「イケメン」と呼ぶ匠。
入荷ロットによってイケメンが多いロットと少ないロットがあるそうで、ジャニーズかっていうくらいのイケメン盛りだくさんのロットはテンションも上がってしまいます。
流木選びの際に触ってみて細い枝や輸送に耐えられないような枝は、あらかじめ折ってしまうこともあるとのこと。また、輸送時において、流木に巻き付けた水草の状態を保つためにパッキングを行うため、パッキング袋に入るサイズであることも選ぶ要素の一つにしているそうです。
「お客様の手元に届ける通販商品ということを常に念頭に置き商品づくりを行う。」
匠の仕事は、流木を選ぶところから始まっているのです。
水草を準備する
水草はそのままの状態では巻き付けることができません。そのため、入念な下準備が必要です。ポットで育っている水草は、グラスウールを取り除きます。根がグラスウールに絡んでいるため、ピンセットを使い素早く丁寧に取り除いていきます。そして、水草全体をチェックしながら、枯れている・裂けている・折れている葉や傷んだ根をハサミでトリミングしていきます。特に、根は瑞々しい根と溶けかけている(これから溶けそうなものも)根の見極めが非常に難しく、素人目では全く分かりませんでした。
匠曰く、「傷んだ葉や根を少し残すだけでお客様の水槽を汚す原因を見逃すことになる。少しでも水槽の水質を維持していただきたいので、できる限り傷んだものは取り除きたい。」とのこと。
このホスピタリティが匠の目利き。
「水草の声を聴く」と伸びそうな根と溶けそうな根を水草自身が教えてくれるのだそう。
巻き付ける(アヌビアス編)
まずは流木のどこにアヌビアスを巻き付けるのかを探ります。水草の気持ちになって、「自分が(アヌビアス)ナナだったらここに着きたいと思う場所に着けてあげる」のだと匠は言います。ここに着きたい場所。それはアヌビアスの座りの良さだったり、根っこの絡みやすさだったり、根を気持ちよく伸ばすことができる場所なのだとか。また、流木のカッコよさを打ち消してはいけないので、お客様をいくら喜ばせたくても水草を盛り過ぎるのもNG。流木と水草のバランスを何よりも重視します。
ちなみに、流木にアヌビアスを巻き付ける際、匠は最近徐々に市民権を得てきたポリウレタンの活着用バンドを好んで使うのだそう。ビニタイで巻き付けるのが一般的だと思っていましたが、「ビニタイは中の鉄の錆が気になるからできる限り使いたくない」というのが匠のこだわり。直径2cm程度の活着用バンドを複数本つなげて長く伸ばして使用します。
ぐるぐる巻きにして留め過ぎてもいけません。留める場所を最低限にすることで水草自らがより早く自力で活着できるのだとか。水草の負担にならないようにちょうどいい圧をかける。そのぎりぎりの調整がcharm屈指の巻きの使い手といわれる所以なのでしょう。
筆者のような素人がこの作業を行うと優に小一時間かかるのですが、匠はこの一連の作業を10分かからず完了させました。
最終的にアヌビアスは根っこを伸ばして自ら活着することができる水草です。あくまでも匠はそんなアヌビアスの手助けをするために活着用バンドで仮押さえをするのです。そのため、活着用バンドは切れる前提なのだとか。育成中に切れたら付け直せばいいだけ。
根気良く育成をし、アヌビアスが流木に根を伸ばし自ら活着した頃、やっと商品として日の目を見ることになるのです。「葉だけではなく、アヌビアスが生きるために伸ばした根っこも楽しんで欲しい」と匠は語ります。
ちなみにアヌビアスナナは複数の国から仕入れている中で、台湾産のアヌビアスナナは溶けづらく使いやすいのだとか。
巻き付ける(モス編)
水草巻きの中で特に技術を必要とするのがモス巻きです。モスを水草に巻く際に、厚すぎても重なった下のモスに光が当たらず傷んでしまい、薄すぎてもそもそも美しく見えません。簡単そうに見えて実は非常に難しい水草なのです。
まず、育成したモスを巻きやすいようにハサミで刻みます。短く刻むほど均一に並べやすく巻きやすいのですが、細かく刻むほど巻ききれない切れ端がゴミとして出てしまいます。モスは決して安い水草ではありません。抜けた1本でも無駄にせず、切れ端を最小限にするのが匠の技術。普通のスタッフが8mm前後に刻むところ、匠は1~1.5cmの長さで刻むのです。普通のスタッフがその長さでモスを巻くとムラが出てしまうような恐ろしい長さであるということをお伝えしたいです。
刻んだモスは全体のバランスを見て流木に置いていきます。凹凸がある場所はモスが均一にならず、かつ糸が浮いてしまうためモスを巻くのは凹凸の少ない枝部分。そしてライトの当たる表面のみです。巻き方は均一に一往復。枝の先まで行ったら折り返して戻ってきます。戻ってきた糸は、同じ方向のいぼ結びで2回×2セット。結びがほどけないように念入りに結ぶのです。糸の端は短すぎると解けてしまうため、匠の場合は2~3cmほど残して切ります。
「モスが成長したら切ればいいだけだから」だそう。
巻き終わったら仕上げにはみ出したモスをカットします。巻きたての時に均一にしておかないと均一に伸びないためのひと手間です。巻きの糸が隠れるほどもりもり成長したら、初めて商品としてサイトに陳列されるのです。
巻き付ける(シダ編)
シダの巻きもアヌビアスと同様に活着用バンドで巻きます。ただ、シダは入荷時に根茎が小さくバラバラになっている場合もあります。そんなときは根茎を編むように絡ませてひとまとめにするのです。
こうして作り上げられた匠の作品。
この状態から水槽に入れて活着するまで育てます。
匠インタビュー
匠が匠になったルーツを探るべく、不肖ながら黒デメキンが突っ込んだ話を聞いてみました。
初めまして。黒デメキンと申します。お互いそこそこの勤続年数ですが、実は初対面ですよね。初っ端からいきなり大先輩に対して不躾に聞いていいですか。社内でのあだ名である「ネチャン」って何ですか?
ネチャンの由来は【ネチャマンドラ アルテルニフォリア】、いわゆる【ブリクサsp.インド】。ひょんなことから水草名があだ名になってしまう恐ろしい会社です。ちなみにネチャマンドラは切るとネチャネチャした汁(通称:ネチャ汁)を出す1属1種の珍しい種類の水草なんですよ。
前職は動物を扱う仕事に就いていた匠。元々、水草が好きでcharmに入社したわけではなく、生き物は好きだけど動物の死に直面しない生かす仕事、ということで水草の世界に飛び込んできたそうです。
水草は、charmに入ってから勉強なさったんですね。
「水草が好き」で入ったわけではないので、逆に水草に対しては仕事相手としてプロ意識高く接することができていると思っています。自分がおいしいご飯を食べたり美味しいビールを飲めたりできているのは、水草があるからこそ。「水草でご飯を食べている」という自覚が常に向上心を持って水草と向き合える原動力になっています。
気仙沼の漁師の家に生まれた匠。漁師の家で育ったからこそ「魚に食べさせてもらっている」という教えが家訓としてあったのでしょう。「水草に食べさせてもらっている」という感覚は、常にプロ意識を育んでいるようです。
どんなことを意識しながら水草の流木巻きをやられているんですか。
お客様が書いた商品のレビューはかなり見ています。枯れた葉・裂けた葉があるとお客様がいかにがっかりするのか、どんなものが喜ばれるのかなど。届いた水草を水槽に入れる時のお客様の気持ちになって流木に水草を巻き付けるようにしています。髪の毛1本混じっていてもいけませんので、髪の毛が落ちないようにしっかりゴムで結んだ上にタオルを巻いて仕事をしています。
常にお客様を意識した商品づくり。ものづくりの基本ではありますが、とても大切なことだとあらためて気づかされました。
ちなみに日々水草に関わる匠が個人的にカッコいいと思う水草は【バース便のタイガーロータス】だそうです。現在では取り扱いのない幻の名水草です。
匠の道具
ピンセット
一番の仕事道具はピンセット。匠は現在2種類のピンセットを愛用しています。
GEX 水草ピンセット ストレートは現在もcharmで販売中ですが、シルバーのピンセットはすでに販売されていない昔のGEXの貴重な一品。20cm程度の小回りの利く短さ、先の細さ、弾力性全てにおいて使いやすいそうです。
GEXさんの再販を切に希望します。
ハサミ
匠が使用しているハサミも常に2本。片方は通常の文具ばさみですが、もう片方は先の尖ったカーブタイプのハサミ。実は手芸用のハサミだそうです。先が薄くて細くないと入り組んだ水草の茎のカットがしづらいのと、カーブタイプでないとはみ出たモスをトリミングしている時に巻き付けた糸を誤って切ってしまうからだそうです。長年愛用している仕事道具は手の一部になっているような感覚すらありそうです。
活着用品
活着させる流木や石、使用する水草の性質によって使用する活着用品が異なってきます。巻く対象が何なのか、どういう性質の水草なのか、見極めたうえで匠は活着用品を選びます。上記の他に、面で巻く場合や細かく浮いてくるような水草を使用する場合は網を使うこともあります。
終わりに
実は、ほとんどの水草は自然下で流木とあのような絡み方はしないのはご存じでしょうか。そのため水草が巻き付けられた流木は「(水草と流木の)こんな絡みを見たい……」という強い欲望と妄想で作り出された創作物なのです。ええ、この文字面からも想像が容易いですが、要するに非常に腐女子的な発想から作られた、言うなれば「アクアリウム界の二次的創作物」と言っても過言ではありません!
アクアリストの欲望と妄想から創作された、不自然な自然。その定義で言うと、畏れ多いことですが盆栽も同様の方向性と言えるでしょう。「ガーデニング界のBL」だ、と。
自身の創造力を最大限に発揮して流木に水草を巻いてみることももちろんおすすめですが、芸術の域に達した匠の仕事をご自宅の水槽で愉しんでみてはいかがでしょうか。
コメント